君と同じ空 / アザラシさん
―戦から帰還する途中だった
「光秀ー!」
山中を馬で走っている途中、光秀が落馬して谷に落ちていく。
信長が呼ぶ声も聞こえぬうちに光秀は下の川へと落ちてしまった。
―「…?ここは?」
光秀が落ちてからの翌朝、光秀はどこかの家の寝室で寝ていたことに気づいた。
いつの間にか鎧ではなく白い小袖を着ていた。
「おぉ、目が覚めたかい?」
地味な着物を着たとても優しいそうな老人が入ってきた。
「あの、あなたは?」
「わしはこの辺で医者をしている天空(てんくう)という者じゃ。
お前さんの名前は?」
「…」
光秀は黙っていた。
「どうしたんだい?」
「分からない、私は一体誰なのか…」
「お前さん、もしかして記憶がないのかい?」
光秀は天空の問いに素直にうなずいた。
「そうか。昨日、わしが薬草を採りに行く途中で川の岸で気を失っておった
お前さんを発見して急いでわしの家に運んだ。
体が冷たかったからおそらく落ちて流されてきたんじゃろう。
もしかしたら、川に落ちた衝撃のせいで記憶を失ってしもうたかもしれんな」
天空は少し困ったように言った。
「そうですか、私は川に落ちて記憶を失ったのですね…」
「お前さんの着ていたのから考えるとお前さんは武士じゃないかと思った」
「私が武士?全然何も分からないですか…」
光秀は困惑した。
「そうじゃ、お前さん記憶が無くて行くあてがないんのらしばらくわしの
ところにいるといい」
「え?いいのですか!こんな記憶の無い私を…」
「いいんじゃ、わしはもう一人身じゃ。
じつはこの家でわし一人ではちと寂しいしな…。ふぉふぉふぉ」
天空は愉快に笑った。
「ここにいる間だけお前さんを光(ひかり)と呼ばせてもらおう」
「は、はい」
こうして記憶を失った光秀はしばらく老医者の天空の所に居候することになった。
― 二週間後…
「光、包帯と水を持ってきてくれ」
「はい」
岐阜城の近くにある村の老医者の天空は記憶を失った光秀に光と名づけ、
農民や武士の治療をしていた。
光は天空の手伝いをしていた。
「先生、なんか痩せる薬なんかない?」
太った武士の勘太(かんた)が入ってきて天空に言う。
口調から、天空とは長い付き合いらしい。
「勘太、あるわけないじゃろが!お前は武士だからもっと動きなさい!」
「はーい…、先生…」
勘太はがっかりした。
「あれ、先生。その方は?」
勘太は怪我をした農民に優しく包帯を巻いている光を見た。
「あぁ、光のことか。二週間前、川の岸で気を失っていていたのを見つけての。
光はどうも記憶を失っておっての、しばらくはわしのところで居候させておる」
「ふーん、でもこの人どっかで見たことがあるような」
「本当か!」
「あぁ、本当さ。おいらが二週間前にあった戦から帰る途中に武将の
明智光秀様が落馬して谷に落っこちたんだ。
綺麗で身分の低いおいらにも優しくしてくれたいい方でな。
光さんを見た時、光秀様によう似とるから思い出したさぁ」
勘太はさらに話を続けた。
「なかなか谷に落ちた光秀様が見つからなくて城中は大騒ぎ、
一時は光秀様は死んだと思われたけど君主の信長様がね、たわけ!
光秀の遺体が見つかるまで死んだことにするな!と家臣にすっげー怒鳴ってよう。
怖かったわぁー」
武士は信長が怒鳴ったことを思い出したのか、震えていた。
「あの、さっき信長様と言っていませんでした?」
「えぇ、そうだけど?」
光の頭の中に何かがよぎった。
『光秀…』
張りのある男性の声が聞こえた。
「どうした?光?」
「じつはなんか自分にとても懐かしいような気がしたので…」
光は必死に思い出そうとするが、思い出せなかった。
「もしかしたら、気のせいなのかもしれません」
光はすぐに次の患者の方の世話をする。
―ガラッ
黒い鎧を着た逞しい武士が入ってきた。
「の、信長様!」
勘太が平伏した。
天空のところに来たのは光秀の君主である織田信長であった。
「ここに医者はおると聞いたが?」
「はい。このわしがこの辺で医者をしている天空という者です」
天空が平伏した。
「天空で、あるか…」
「先生、患者の治療はすべて終わりました」
光が入ってきた。
「!」
信長は光を見た時、一瞬、目を疑った。
「光秀…」
「す、すいません!急に出てきてしまって…」
光が謝罪して去ろうとした時、信長は彼をの後を追い、腕を掴んだ。
「あ、あの、何か気に障ったことでも…。あっ」
信長が光を抱きしめた。
「光秀、生きておったのか…」
信長が喜びに震えた声で言った。彼の頬には一筋の涙が…
「みつ・ひで…?誰のことなんですか?」
光は疑問を浮かべて言った。
信長は光の言ったことに驚愕し、手を放した。
「光秀、まさかうぬは…」
「信長様、じつは見せたいものがあるのですかが…」
天空がやってきた。
「一体、光秀の身に何が起こっておるのだ…」
信長が驚愕したたまま言った。
その後、信長は天空の後について行き、天空の自室に入った。
「これに見覚えがありますか?」
天空が風呂敷に包んであったもの開いてを信長に見せた。
「これは光秀の…」
信長の見たものは光秀の刀と鎧だった。
「わしが見つけた時には川の岸で気を失っておった。
気がついた時には記憶が無いと彼は言っておった」
天空は二週間前に起こったことをすべて話した。
「ただ、光秀様が一つだけ覚えいることがあると言っていた」
「それはなんだ!早く言え!」
信長は天空の着物を掴んで怒鳴った。
―「うぬと同じ空、見上げて思うぞ…」
光は空を見上げてつぶやいた。
「光?」
天空は薬草を採りに帰った時に見た。
光はとても懐かしそうに言っていた。―
「光秀がそんなことを…」
「はい」
信長は天空を放して一瞬、微笑んだ。
信長は光秀と岐阜城でのんびりと過ごしたことを思い出した。
―「うぬと同じ空、見上げて思うぞ…」
信長が光秀に言ったことだった。
このこと覚えていたことが嬉しかった。
「愛いやつじゃ…」
信長はつぶやいた。しかし、すぐに真剣な表情にになった。
「天空よ、三日後に戦がある。おぬしもその戦で我が軍の兵の治療をして欲しい」
「戦で、ですか…」
天空は困惑した。
「二日後、城に来い」
「分かりました」
天空は平伏したまま信長を送った。
二日後、天空と光は急いで用意をした。
「先生、どうしたのですか?」
光は天空が暗い表情になっていることに気づいた。
「じつはわしは戦が嫌いなんじゃ…」
「先生…」
「わしは昔、戦で妻を亡くした。その後、息子は流行り病で亡くしての…」
天空は遠くを見るように言った。
「戦を見るたびに妻と息子のことを思い出してな…」
天空の頬には一筋の涙が見える。
「す、すいません。悪いことを聞いてしまって…」
「いや、いいんだ。もう過ぎたことじゃ…。じつはな、嬉しかったんだよ。
お前さんに会ってな。死んだ息子が帰ってきたと思えてな…」
「先生…」
「さ、急ぐぞ」
二人は医療用品を持って城へ急いだ。
翌日、戦場に着いた二人はすぐに治療の用意をする。
戦が始まり、しばらくしたらすぐにたくさんの怪我人が運び込まれた。
二人の他にも戦場には数人の医者がいた。
医者達は汗だくになりながらも懸命に兵の治療をする。
医者達の着物は兵士の血で汚れていた。
「先生、すまねぇな。年寄りなのに」
兵士の一人が言った。
「いいじゃ、わしは一人でも多くの兵を助けられれば…」
戦中、運び込まれても手遅れの者も多かった。
「先生、また怪我人が…」
「分かった」
光は運び込まれた兵に応急処置をする。
こうして慌しい一日が過ぎた。
「先生、お疲れ様です!」
夜、勘太がたくさんおにぎりを持ってきた。
「勘太殿!」
「勘太、お前どうしたんだ!」
「じつは先生達に差し入れしにきたんだ!」
他の医者達と同様、二人は兵士達の治療にあっていた。
「そうか、すまないねぇ」
「いいや、おいらの方こそ世話になっとんでこれくらい…」
ある程度の治療を終えた医者達は一時的に休みを取った。
その時だった。
―ドドドッ
「ん?なんだ?」
二人がいるところに奇襲が近づいて来た音だった。
「大変です!兵を治療をしている場所に奇襲が!」
「なんだって!」
そこには光が…
「信長様!危険でございます!」
部下が止めるのを無視し、一人で信長は光の元へ向かった。
その頃、光達は…
勘太がまだ戦える兵と共に奇襲の兵と戦っていた。
「先生、あともう少しです…」
「すまん光…」
光は怪我をした天空を背負ってこの場を脱出しようとしていた。
「あっ!」
光がこけてしまった。
そして、敵兵らに囲まれてしまった。
「先生、ここは私に任せて逃げて下さい!」
「光、待て!」
敵兵が襲ってきた。
光が持っていた刀を手にし、応戦する。
激しい金属音が聞こえる。
「しまった!」
光が持っていた刀が折れてしまった。
「ぐわぁ!」
「光!」
突忍が光を突き飛ばした。
光は壁に当たり、気を失った。
「光!」
傷の痛みを堪えて天空は倒れている光のところに行く。
『光秀、光秀…』
「誰?」
光は夢の中で声を聞いた。
『うぬと同じ空、見上げて思うぞ…』
光は思い出した。
春、岐阜城の庭で空を見ていた時だった。
急に信長が自分のところに来て言った。
そして暖かい春の日差しの中で二人で休んだ。
「信長様…」
薄っすらと目を開けて光がつぶやいた。
それと同時に何かが頭の中に流れた。
―記憶だった
「信長様!」
記憶を取り戻した光秀はすぐに立ち上がった。
「先生!」
天空の後ろに兵が襲ってくるのに気づいた。
落ちていた刀を拾い、兵を倒した。
「光?」
「先生、早く逃げて下さい。ここは私に任せて下さい」
光秀は次々と敵兵を倒していく。
「く、きりがないですね…」
光秀は敵兵に囲まれていた。
敵兵が一斉に光秀に襲ってきた。
「はぁぁっ!」
衝撃波が敵兵達をすべて投げ飛ばした。
「無事か、光秀!」
助けに来たのは信長だった。
「信長様、ありがとうございます!」
光秀は喜びのあまり、泣きそうになる。
「光秀、もしかして記憶が戻ったのか…」
「はい」
その後、二人で奇襲の兵をすべて倒したのだった。
―一ヵ月後
天空はいつものように患者の治療をしていた。
一ヶ月前の戦は織田軍の勝利に終わった。
休む暇もなく多くの負傷者を治療をしてたが、あまり苦ではなかった。
なぜならば、光秀が手伝いに来てくれたからだった。
『あなたのような方がしなくてもよいのに』と天空は言ったが光秀に
『命の恩人だから放っておけません』と言われた。
「お大事なー!」
最後の患者を見送った後、天空は自室に戻った。
天空は箪笥から風呂敷に包まれた何かを出した。
「懐かしいのぉ…」
彼が出したのは死んだ息子の着物だった。
『おとう、もう割る薪無い?』
(昔、息子がこれを着て薪を割っておったな…)
天空は息子が生きていた頃を思い出す。
天空は着物を包み直した後、それを持って自室を出た。
―トントン
「はーい」
天空が戸を開けた。
彼の前には光秀と信長がいた。
「お二人方、今日は一体?」
「じつは遊びに来たんです、先生」
「で、あるぞ」
その後、天空の家で三人はのんびりとした。
「光秀様、じつはあなたに渡したいがものがあるのですか」
「先生、私のことは光で構いませんよ」
「いえ、いくらんでもそうはいきませんよ」
天空が光秀に風呂敷に包まれたものを渡した。
「見てもいいですか?」
「えぇ、もちろん」
光秀は風呂敷から中身を取り出した。
「これは…」
光秀が受け取った物は明るい色の綺麗な着物と袴だった。
「亡くなった息子の物じゃ」
「で、でもなんで私なんかに…」
「息子が死ぬ前に似合う人に渡してもいいと言っておった。
だが、わしはなかなか息子のことが忘れられんで渡せなかった。
しかし、もう過去のことを悔やんでもしかたがないとお前さんと会って分かった」
天空はのんびりと言った。
「じつは光とはわしの息子の名前でな、お前さんのように心の優しい子じゃった」
「天空先生…」
「この着物はお前さんが大切にして欲しい。
着物だって着てくれたほうが喜ぶわ。ふぉふぉふぉ」
「先生、ありがとうございます」
光秀は頭を下げた。
「先生、信長、ちょっと待って下さい」
光秀はこの場去った。
「一体、光秀は何をする気だ?」
―しばらくした後だった
「お待たせしました」
「光秀!」
「おぉ」
戻ってきた光秀はなんと、天空からもらった着物を着ていた。
「よく似合っとるぞ」
「よう似合っとる、よう…」
天空は光秀を見て息子のことを思い出す。
「そう言えば、今日、この辺で夜はお祭がありますね」
「おう、そうだったな」
「先生もよければ一緒にいきませんか?」
「いいのですか、こんな老いぼれで…」
「はい」
その夜、三人は祭に行った。
光秀は天空からもらった着物を着て…
花火が空に舞い上がった。
「うぬと同じ空、見上げて思うぞ」
「私も同じこと思っています、信長様…」
二人は寄り添って花火を見ていた。
そんな様子を天空はこっそりと見ていた。
―君と同じ空、見上げて思うよ
大切な君が幸せであるように―