信光祭ログ






『FLASH〜閃光〜』/波琉夏さん

「…暇、よのう」
信長は何もする事が無いので、そう言っては寝返りをうっていた。
織田家恒例の夏季休暇が始まった。
妹の市は嫁ぎ先の浅井家へ、妻の帰蝶は侍女を引き連れて実家の斉藤家へ、
小姓の蘭丸も久々に実家の森家へ帰っていた。
一方、光秀も家族の元へ帰っていた。
しかし、当の信長は夏風邪をこじらせ、一人寂しく留守番役になってしまった。
日頃賑やかな織田家も、これだけ人が居ないとただ広く寂しいものである。
初めは好き放題やっていた信長であったが、さすがに一人では退屈らしい。
「よき遊び相手が居ればいいのだが」
側使いの者は信長を恐れているので、呼ばれない限りは近づこうともしない。
いつもなら蘭丸が身の回りの世話だ何だで騒がしいのだが、それも自分で済ませている。

「つまらぬな」
湯浴みを済ませた信長が天守閣でぼーっとしていると、何やら階下が騒がしい。
「申し上げます!」
「何だ、騒々しい」
「明智光秀様、ご帰還でございます」
「何、光秀が?」
だらけた姿勢をとっていた信長は、急に座り直して聞き返した。
「もうお眠りになられたのかもしれませんね」
何も知らない光秀は、側使いの者に無理して起こさないように伝えた。
「では、明日の朝にお目にかかりますと伝えて下さい」
書置きを渡し、荷物を持って退出しようとしたその時…
「光秀か」
「これは信長様、もうお休みになられていたのかと…」
光秀はびっくりして、慌てて深々と一礼した。
「よい。して、何故早く戻って来た?」
予定では、光秀はあと3日は明智家に留まっているはずであった。
「…早く帰って来てはいけない理由でも?」
もちろん理由など無い。むしろ絶好の話し相手が帰って来たのだから
信長にしてみれば、嬉しくてたまらないのだが。
「…取り敢えず荷を解け。話はそれからだ」
光秀は言われるがままに自室へ戻り、旅装から普段着に着替えた。

「お待たせ致しました」
光秀は土産の品を手渡すと、信長は一際大きな包みに目をやった。
「これは何か?」
光秀が風呂敷の結び目を解くと、中から大きく実った西瓜が出てきた。
「冷やしておきますから、明日にでも召し上がって下さい」
光秀が西瓜を抱えて立ち上がろうとすると、信長が
「…わしが持つ」
と言って、光秀から西瓜を取り上げた。
「で、厨房はどっちだ?」
「この先を左に曲がって下さい」
歩く事数分、ようやく薄暗い厨房にたどり着いた。
「広過ぎてどこに何があるのか、分からぬ」
「厨房の位置までご存じなくても大丈夫ですよ」
光秀は井戸水で西瓜を洗うと、冷水を張った桶に西瓜を入れた。
信長は待ち切れなくなったのか
「冷えてなくともよい、今すぐ食べたい」
と言い出した。
「ですが…」
光秀は少し困った顔をして笑った。
こういう時は素直に聞いた方がいい。
「今から切り分けますから、少しお待ち下さいね」
光秀は慣れた手つきで西瓜に切れ目を入れ始めた。
西瓜の皮が厚いのか、光秀は片手を添えながら力を込めて切っていた。
その姿を何と無く見ていた信長は、ふと幼い頃の自分を思い出した。
目の前で西瓜を切り分けている光秀と、自分の母親の姿が重なって見えたようだ。

「随分と厚い皮でしたが、何とか切れました」
光秀が額の汗を拭う姿も、どこか母親に似て眩しかった。
光秀は余った西瓜を側使いの者にも振舞い、自分達は天守閣へ向かった。
西瓜は適度に甘く、程よく水気があって申し分の無い味だった。
信長は西瓜をかじりながら、勢いよく種を吹き飛ばして遊んでいた。
その姿があまりにもおかしかったので、光秀はつい吹き出してしまった。
「信長様、子供じゃないのですから…」
「誰も見ておらぬ。よいではないか」
「…私が見てますよ」
光秀に見つめられて、信長は取り繕うように咳払いをした。
「わしとて、たまには息抜きしたいぞ」
「息抜き…ですか」
光秀は信長がばらまいた種を一つずつ拾い集めていた。
器を取りに来た側使いの者が、ふとこんな事を漏らした。
「そう言えば、祭の仕度をしている民を見ましたよ…」
祭と聞いて、信長の顔がぱっと明るくなった。
「よし、明日は祭に行くぞ」
驚く光秀をよそに、信長は行く気満々であった。
「ずっと城に閉じ込められて、退屈しておったのだぞ?」
駄々をこねている信長に根負けした光秀は、渋々承諾した。
「その代わり、お忍びで行くのですから、目立った行動は…」
「分かっておる。光秀、うぬもついて参れ」
信長は意気揚々に部屋へ引きあげていった。

翌日、光秀は信長に呼ばれた。
「ご用件は?」
「帯がうまく結べぬのだ。手伝え」
信長は一人で浴衣を着ようとして、苦戦していたようだ。
「意外と不器用なお方なのですね」
光秀はそう思うと、自然と笑みがこぼれた。
光秀に手伝ってもらい、着替えが終わった信長は
「うぬにも変装してもらうぞ」
と言って、新品と思われる浴衣を差し出した。
「あの…こちらはご婦人の浴衣ではないでしょうか」
光秀が困惑していると
「それは以前、お濃にやったのだが、あれには地味過ぎたようで、着ないのだ」
「かと言って、私が勝手にお借りする訳には…」
「時間が無い。急げ」
光秀は嫌々、袖を通した。丈が多少短い事を除けば、差し支えは無いようだ。
「致し方ありませんね。これもあのお方の為です」
光秀は恥ずかしそうに襖から顔を出して、信長を呼んだ。
「クク…よく似合っているぞ」
光秀はさほど嬉しくはなかったが、褒められただけでもよしとした。

日が暮れ始めた頃、街のあちこちで提灯に灯りがともった。
「祭なんて、何年ぶりだろう」
思えばここ数年、戦続きで祭の風情を楽しむ機会など無かった。
行き交う人々は皆、活き活きとしている。
ちょっと光秀が目を離した隙に、信長の姿は無かった。
光秀は慌てて行方を追っていたのだが、途中で人に捕まっては話しかけられた。
「そこのべっぴんさん、お一ついかが?」
若い男が光秀に綿菓子を差し出した。
光秀が困惑していると
「お代は要らないよ」
と言われ、そのまま受け取ってしまった。
更に歩いていると、行く先々で菓子だの景品だの、勝手に手渡されてしまった。
最後に言葉を交わした男は
「後で花火を打ち上げるから、見に来てくれよな!」
と言って、足早に去って行った。

人ごみをすり抜けて、ようやく光秀は信長を探し当てた。
「そんなに沢山、どうした?」
「見知らぬ方々に、頂いてしまいました」
「光秀に群がる不届き者め、わしの居ぬ間に!」
と言って、妙に真剣な顔をして怒っていた。
「その前に、私は男なのですが…」
光秀が苦笑していると、中年の女に呼び止められた。
「お姉さん、綺麗な黒髪ね。ちょっと見て行かない?」
「ですから、私は…」
女は櫛や簪といった高価な小物を売っていた。
「よし、好きなものを買ってやる!光姫、どれがいい」
「光姫?」
光秀は一瞬、耳を疑った。
「今、何ておっしゃいました?」
「光姫だが」
光秀は信長が何のためらいも無く「光姫」と呼ぶので、思わず叫びたくなった。
「いくら女装しているとはいえ、その呼び名は恥ずかしいです」
信長はにやにやしながら
「光姫は恥ずかしがり屋だから、お主に選んでもらおうか」
と言って、女主人に選ばせる事にした。
「そうね、あなたにはこれがお似合いかしら」
女主人はそう言って、白蝶貝をあしらった櫛を差し出した。
光秀はその場から逃げたくて仕方が無かった。
「店の主人もそう言っている。どうだ?光姫」
変に逆上しても事を大きくするだけなので、光秀は嫌々うなずいた。
「ついでだ。お蘭やお濃にも買っていってやろう」

予想外の買物が済むと、二人は当ても無く境内の周りをうろついていた。
光秀はすねているのか、口を聞かなくなってしまった。
「光秀…まだ怒っているのか」
「…」
光秀はうつむいたまま、一言も喋ろうとはしない。
「悪ふざけが過ぎたというのは確かだが…」
信長は横目で光秀の表情をうかがったが、長い髪に隠れて見えなかった。
「…うぬが綺麗過ぎるからだ」
光秀は少しだけ顔を上げると、信長は更に続けた。
「と言っても、まだうぬはわしを許さぬ…か」
信長は少し寂しそうな顔をして空を仰いだ。
沈黙に耐え切れなくなった信長が、何か言おうとした時だった。
後方で大きな音が二つ三つしたかと思うと、打ち上げられた花火が夜空に
大きく弧を描いた。
「そう言えばさっき…」
光秀が人ごみに紛れていた頃、花火を上げるからと聞いていた。
「話には聞いていましたが、実際に見るのは初めてです」
二人が居る境内は絶好の場所であった。
等間隔に打ち上げられる花火を見て、光秀は光の筋を目で追いかけていた。
「綺麗ですね、信長様」
先程までの怒りもいつの間にやら消え失せて、光秀の顔に笑顔が戻った。
信長は無邪気に花火を眺めている光秀にそっと近づいて、髪に櫛をさした。
「よく似合っているぞ」 
黒髪に白蝶貝の透かし彫りが映えている。
「嫌と言うなら、捨ててしまうが」
「いいえ、有難く頂戴致します」
光秀はそっと櫛を抜くと、大事そうに懐へしまい込んだ。
「そう言えば光秀、何故予定より早く戻って来たのだ?」
信長が思い出したように尋ねると、光秀は少しだけ頬を赤らめてこう言った。
「誰よりも早く戻れば、信長様と過ごせる時間が持てるかと思いまして…」
「…であるか」
信長は素っ気無く言ったが、内心はとても嬉しかった。
他の者であれば、目一杯遊んでから帰って来るだろう。
だが、目の前に居る光秀は自分の為に、敢えて早めに切り上げて戻って来た。
「クク…愛い奴よ」
信長はやや強引に光秀を抱き寄せて、奪うように口付けた。
二人が目を閉じている間に、最後の打ち上げ花火が空へと消えていった。













2style.net