「テディベア・ガール」        ⇒NEXT  BACK  TOP
 
 11月ももう半ば。
 3週間後には期末試験が控えている。そのことを思い出して、オレは憂鬱な気持ちになった。テストの結果に大打撃を受けるのは毎度のことだが、それよりも定期考査1週間前になると全ての部活が活動停止になってしまう。
 何よりもそのことがつらい。オレから野球を抜いたら何も残らないと思うし。この気質は親父様譲り(もしくは小さい頃受けた洗脳)なんだろうなあ。

 神崎とオレの関係は相変わらず。そーいえば、神崎ってオレのことどう思ってるんだろう。何とも思われていないような気もする。

 何だかこちらばかりが、うだうだしたり気を揉んだりしてるみたいだ。そう考えるとちょっと悲しいかな。いや、ホントにほんのちょっとだけど。
 神崎と夏樹の関係については、どのようなものか少しだけ推測できていた。というか、周りに聞いてみたんだけど。
「ああ、あいつら前に付き合ってたらしいぜ」
 ほとんどのやつに、あっさり言われた。それを聞いた時オレは、ああ、やっぱり、と思った。心のどこかでそうじゃないかと疑っていた。
 そっか、そうなんだ。何が「赤の他人」だよ。そんなの嘘じゃないか。神崎も夏樹も本当のこと言ってくれたらいいのに。オレには知られたくなかったっていうのか?
 だけど、本人たちが「付き合っている」と公言していたというわけではないらしい。どうもよく2人で図書室で話していたとこを目撃されていたとか。
 図書室、か。
 あ、そうだ……じゃあ、前に夏樹が言っていたあの台詞。『俺は野球のせいで大事なヤツの大切なものを奪ってしまったんだよ』ってやつ。

 あれの大事なやつって神崎のことだったのか? だとすると、神崎の大事なもんって何だよ……。

 夏樹は神崎のために野球やめたのか? それでそれが原因で別れたとか? 考えれば考えるほど気になってくる。何だか胸がむかむかする。同時にずきずきとした鈍い感覚もあった。何だコレ。
 人から聞いた話では真偽がわからない。もういっそのことこうなったら本人に直接確かめてみるか。そう思ったオレは、夏樹にそのことを尋ねてみることにした。
 それで部活が終わってから図書室に向かってみたのだが……
 カウンター席にすでに夏樹の姿はなかった。あいつ、オレから訪ねてみた時はいつもいないよな。単に放課後は残ってないってだけなのかもかもしれないけど。
 何故か夏樹って、いついかなる時も図書室に生息しているイメージがあるんだよな。
 まあ、いないんならしょうがない。帰るか。そう思って図書室を出ようとして――やっぱり思い直して、自習スペースの方を覗いてみた。

 まだいるかな。

 見ると、1番奥の窓際の席にその姿はあった。もう他に生徒の姿はない。机に向かって勉強してるのは神崎1人だけだった。
「エラいよなあ、日ごろから勉強する癖がついてるやつって」
 声をかけてみると、神崎はちらりとオレを見て確認し、教科書にまた目を戻した。
「何か用」
 素っ気ない声。お、これは「可愛くない方」の神埼だ。
「いや、何でもないけど」
 と、オレは答えたが、神崎はすでにこちらのことは気にも留めないで自習を続けている。やっぱりこういうとこ、つれないんだよな……。少しへこむ。
 神崎は真剣な表情で勉強に取り組んでいた。完璧な卵形の顔に黒い髪がはらりとかかる。それをほっそりとした指で、うるさそうにかきあげた。形の良い耳があらわになる。
 何だか、そういう仕種1つに妙にドキドキした。

「なあ、神崎」

 話しかけようとしたら、それを遮って神崎は言った。
「ルカはいないよ」
「え? あ、あー、あの根暗ポンズ? 関係ナイナイ。っていうか、奴はいなくてもいい。いても本読んでるだけだし」
 ま、あいつに聞きたいことがあったのは事実だけど。
 夏樹が神崎と一緒にいなくてホッとしていたのも事実。
 神崎が顔を上げてこちらを見た。

「ネクラぽんず……」

 ぽつりとオレの言ったことをくり返す。
「根暗な本好きの略」
「あんまり略されてない」
「略しすぎると意味わからなくなるだろ」
「そんなこと言ってるキミが一番意味わからない」
 話してる時は相手の目をちゃんと見なさいって言うよな。
 でも、オレは何だか神崎のことをしっかり見ることができなくて、目を逸らした。
 あ、数学の問題集だ。オレ、それ今までで3回くらいしか開いたことないよ。
 それにしてもまだ中間3週間前なのに、こんなにみっちり勉強をやってるなんてホント偉い。頭良いんだろうなあ。
「じゃあ本当にいったい何しにきたの?」
 神崎がそう尋ねてくる。
「オレは図書室が大好きなんだ」
「……ありえない」
「そっちこそ毎日ここで勉強してるのか? 偉いけど、すごい。それこそアリエナイ」
 オレの言葉に神崎は顔をしかめた。
「工藤と話してると頭痛くなる」
「うん、よく言われる」
 頷いたら、ますます神崎は嫌な顔をした。
 その様子を見ながら、オレはぼんやりと考えた。うーん、確かにオレ、何でここに来たんだろう。夏樹がいないとわかった時点で帰ればよかったのに。これじゃあまるで神崎に会いに来たかのようだ。
 図書室の時計を見ると、もう5時半になろうとしていた。
「もうそろそろ下校時刻だぞ」
「え……」
 気付いてなかったらしく、慌てて立ち上がった。筆記用具と教科書、ノートを片付ける神崎を見ながら、オレは口を開いた。
「あのさ」
 断られたらどうしよう、なんてことは言う前から考えてもしょうがないけど、やっぱりどうしても不安に思ってしまう。

「よかったら、一緒に帰らないか?」

 神崎はこちらをゆっくりと見上げた。透明な眼差しだった。そして、またゆっくりと頷いた。
「……うん」



 *


 すっかり日の暮れた通学路を神崎と並んで歩く。ちょっと歩くのが遅い神崎の歩調に合わせた。
 そーいえばこの道は、オレが神崎に「絶対、くまさんの謎を解いてやる」という意味合いのことを宣言した場所だ。

 あれからもう1ヶ月以上経つのか。

 あの時は神崎とこんな風になるなんてことは思いもしてなかったな。神崎の方はどうなんだろう。あの時と今とでは、何か変化があったりするんだろうか。
 ふと神崎の方を見るとばっちり目が合って、慌てて目を逸らした。
 あれ、今神崎オレの方見てたのかな?
 い、いや、そんなことは……気のせいだよな。
「最近は身体の調子は大丈夫なのか」
 オレはずっと気になっていたことを聞いてみた。
「うん」
 神崎はすぐに頷いた。確かに今は顔色が良い。調子の方は大丈夫そうだ。
「……そっか」
 少し遅れて相槌をうった。
 すぐに沈黙が訪れる。神崎もオレも黙った。
 神崎に夏樹とのことは聞けないし。

「神崎はどうして誰とも付き合わないんだ?」

 少ししてからまた尋ねる。何だか質問ばかりだな、自分……。
 それに今のオレがこういったことを聞くことは、変なことなのかもしれない。一応、神崎とオレは付き合ってるってことになってるんだし。でも、正直そういった実感はあんまりない。何をしたってわけでもないし。
 神崎はすごくモテる。先日の女たらしの先輩だけじゃなく、本当に多くの男たちから告白されているはずなんだ。でも、そのどれもを無下なく断ってきてる。
 もしかして夏樹のことがあるから、なんだろうか。
「だって付き合う必要もないし」
「でもさ、いつも1人でいるのって寂しくない?」
「そんなことキミに心配される筋合いない」
 ぴしゃりと言われる。相変わらずはきはき物を言うなあ。
「それに、告白してくる人なんてみんな似たようなもんだし」
「っていうと?」
「外見だけにしか興味がない感じ」
 嫌な想い出でもあるのか、眉をひそめながら続ける。
「こっちのこと何にも知らないくせに、外側しか見てないくせに、それで『好き』とか笑っちゃう。つまりは誰でもいいんでしょ。他にもっと可愛い子とか綺麗な子がいたら、そっちを好きになるんじゃないの」
 神崎以上に美人の子なんて果たしているのかどうか、ということはともかくとして、オレは神崎って中身もけっこう可愛いと思うけどなあ……って、あーちがうちがう、そうじゃなくて!
「神崎が言いたいことはわかるよ。でも、男がみんなそーゆー奴ってわけではないと思うけど」

「でも、いつも何か利用してやろうとか、自分のために目的があって、近付いてくる人たちばっかりだ…………みんな、そうだった」

 神崎はそこで言葉を切った。
 そのまま口を閉じて、黙ってしまう。訪れた静寂。隣を車が通り抜ける。ライトが神崎の白い頬を照らした。
 何か言いたそうな表情だ。何だろう。
 少しの沈黙の後、神崎は口を開いた。

「……あ、工藤って、その、野球が好きなんだね」

 あれ、今、言おうとしていたことを変えたような。というか、さりげなく話題転換してきたし。
 気になったけど、蒸し返しちゃいけないのかもしれないと思い、オレはそれに乗ることにした。
「うん、そりゃあもちろん好きさ」
 話題が大好きな野球のこととなると、つい声が弾んでしまうのが自分でもわかる。
「小学生の時、父親に教わったんだ。キャッチボールしよう、って言われてさ。その日初めてボールを握った。もうそれから後は中毒みたいなもんだよ。その時から1日だってボールを触らなかった日はなかった」
 神崎がじっとこっちを見ている。目を大きく開いていて、少し驚いているかのような表情だ。
「どうかした?」
「何か、意外……」
 ぽつりと言った。
「工藤ってもっと無愛想な奴かと思った」
「え?」
 あれ、そうなのか?
 っていうか、そういうこと言われることの方が逆に珍しいぞ……。オレはよく昔から、「うるさい」だの「黙ってろ」だの「うざい!」とたしなめられることが多い。
 でも確かにオレは初め、神崎のことを嫌っていた。顔を合わせても、ほとんど睨むような感じになってしまっていたかもしれない。
「野球のことはよくわからないけど、でも何かみんな一生懸命な感じだった」
 突然、神崎がぽつりと言った。
「ん? それって?」
 聞き返す。何で神崎がそんなこと知ってるんだろう。
 神崎は前を見ながら淡々と続けた。
「グランドが図書室から見える」
「ああ、そうなんだ。もうすぐ紅白戦やるからな。3年が夏で引退したから。1年対2年で、実力計るために」
「えっと……それって大事な試合なの」
「うん、まあ。でも神崎、図書室から見てたんだ。練習なんて見てて楽しいもんじゃないだろ」
 何気なく言ったことだった。会話の継ぎ穂を失って、気まずい雰囲気になりたくなかったので、思ったことを口にしただけだ。しかし、それで神崎は一気に不機嫌になってしまった。眉を吊り上げ、可愛い顔をしかめる。
 こちらを睨みながら、語気荒く言う。

「別に見てるわけじゃない。見えるんだよ」

「……何で怒るんだよ」
 前から思ってたけど、神崎の怒るポイントってよくわからない。
 また訪れる沈黙。神崎はむすっと黙り込んでしまう。理由はよくわからないが、オレが怒らせてしまったんだ。そう思うと気が沈んだ。
 どうしたら神崎の機嫌を良くさせることができるんだろう、と考えてみた。でも、そもそも神崎の好きなもののことさえよく知らない。オレって神崎のこと何もわかってないんだよな。
 オレが知っていることは、神崎が毎日図書室で勉強を続けるすごく真面目なヤツであるということ、いつもつまらなそうなむすっとした顔でいること、すごく生意気で口を開けばいつも容赦ない口ぶりで話すこと、でも本当は体が弱くて貧弱なんだ……ってことくらい。
 神崎の方を見ると、神崎もこちらを見ていた。
 仏頂面なことに変わりはないんだけど、最近はちょっとした雰囲気のちがいみたいなものから何となくわかるようになっていた。神崎は怒ってるわけじゃない。ただ真っ直ぐにこちらを見ている。
 神崎の目は少し不思議な色をしていた。黒っぽいんだけど、完全な黒じゃない。例えるなら、まだ誰も見たことのないところにある深い深い海の中のような色。こういう色って何ていうんだっけ?
 そのまま神崎は俯いてしまう。何か言いたそうだ。寂しげな表情だった。こういうの、前にも見たな。こっちまで切なくなってしまいそうな顔。

 やっぱり神崎っていつもは強気だけど、1人でも平気そうにしているけど、本当は寂しいんじゃないのかな……?

 そんな面持ちを見てると何だか落ち着かない。胸がドキドキしてくる。
 こちらから何か声をかけようと思った時、神崎がオレに視線を戻して口を開いた。
「工藤って日曜日、暇かな」
 いきなり前後の脈絡をすっ飛ばした質問。
「え、何で?」
「別に暇じゃないならいいんだけど」
「わ、ちょっと待った、暇だよ、ものすごい暇だっ」
 そう答えると神崎は目を逸らし、1秒くらいしてから、またちらりとこちらを見上げて言った。

「じゃあ付き合ってよ」

 例によって居丈高な言い方。
 へ? とオレは束の間、呆気に取られた。
 付き合うって……
 いったいどこに?

 
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