「そう、そのオリオン。何と蝕まれし日の忌み子に捨てられた王子様だったらしい」
「へえ、世の中いったいどうなってるんだか」
「その真意は」
『Moiraのみぞ知る、ってか?』
たとえ其れが優しい嘘でも
――It was a beautiful day――
「……――ってことなんだよな?」
「は?」
唐突過ぎる言葉にスコルピウスはいつも以上に不機嫌そうに顔を挙げた。
いつの間にか執務室に入り込み、これまたいつの間にか窓辺に座って
勝手に話し始めていたオリオンの言葉など、聞き流すことが常となっている。
流れも文脈もまったく理解できないといった風に眉間に皺をよせると
「また聞いてなかったのかよー」と不満そうな声が返ってきた。
(……聞くも何も、お前が勝手に喋っていただけだろう)
「あー、だから。俺って“蝕まれし日”に生まれたんだよな?」
「そう聞き及んでいるが?」
今さら何を、と言いかけたところで恐ろしいほど澄んだ蒼の瞳にぶつかる。
暮れかけた空の色を写して、その色は複雑に染まる。
スコルピウスはその色に見覚えがあった。
宵闇の藍色と鮮烈な夕日の混じる不思議な蒼――。
それでいてなお真っ直ぐと心を射る強い青――。
「じゃあさ、教えてくれないか。“蝕まれし日”ってのはどんなだった?
あんたなら覚えてるだろ?」
――その日に生まれた者が破滅をもたらすと信じられるほど、
灯り一つ無い暗闇に世界は呑まれたのか。
オリオンの問いの理由に、スコルピウスは心当たりがあった。
口性無い兵士や文官たちが陰でオリオンをどう言っているかなどとっくに彼の耳にも届
いている。
曰く、
――蝕まれし日に生まれた不吉の王子……
――王宮に呼び戻すなど正気の沙汰とは思えぬ……
――今に禍いをもたらすに違いない……
どれも迷信と、名声への嫉妬が生んだ些細なものだったが
確実に澱となってオリオンの心に溜まっていったのだろうか。
「聞いてどうする」
「どうも。ただ……」
再びオリオンの目が窓の外に向けられる。
刻一刻と迫る宵闇が、白い頬により鮮明な影を落とす。
「知っておきたいんだ。俺が生まれた朝を」
ぽつり、と呟かれた言葉。
そしてあの色をいつ見たのかを思い出した。
あれは――
「夏の朝だった」
もう十数年も昔だが、あれは確かに晴天の下太陽が容赦なく照りつける日だった。
当時スコルピウスは王から勅命を受け南方の海岸部へ遠征に出ていた。
『其れ』は本当に突然訪れたのだ。
兵たちを焼くような日差しが不意に薄れ、見上げるとそこには歪に欠けた太陽が在った
。
この世の終わりかと怖れおののく部下を余所に、自分でも不思議なほど心静かだったこ
とをよく覚えている。
そう言うとオリオンは怪訝そうに首をかしげた。
「普通なら恐れるのだろうな。しかし私は思ったのだ」
海を縁取るように暮れたあの空を、
宵闇の藍色と鮮烈な夕日の混じる不思議な蒼を、
それでいてなお真っ直ぐと心を射る強い青を、
――美しい、と。
「嘘ォ!?スコピーの口からそんな言葉を聞くなんて!」
「なんだその顔は。私だって詩情くらい理解する」
「いや、信じられないし」
「話せと言ったのはお前だろう!」
結局こういう流れになるのか、と溜息をつくと
目の前のオリオンが屈託なく笑う。
その表情はどこか穏やかで、不覚にも一瞬目を奪われた。
「でも良かった。あんたにまでそう言わせるような日だったなら
きっと本当に綺麗だったんだろうな」
「……ああ。少なくとも私にとっては」
「そっか。なら十分だ」
そう言ってオリオンは既に暮れきった空を見上げる。
心底ほっとしたような、あまりに疑いを知らない瞳が
スコルピウスの心を抉る。
そっと気付かれないようにオリオンが呟いた言葉は、彼には届かなかった。
Fin.
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皆既日食と聞いて真っ先にMoiraに辿り着くこの思考回路。
ふつう双子で書くべきところあえてスコオリにするこの思考回路。
オリオンは自分が王子じゃないって気付いてるに一票。
(09.07.22)
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