始祖ベオル→フィンロド

※死にネタ






09.全てを捧げただった






違う、と思った。


染み一つ無い白い天井を見上げながら、ベオルは僅かに眉を顰めている。
最期に見たい色はこの色では無いと――。
もっと別の暖かくてそれでいて気高い光だと――。

起き上がらなければ。
そして一目でいいから瞳に焼きつけなければ。

そう思うが、弱った身体は言うことを聞かず、時間だけがもどかしく流れている。


静寂を破ったのは足音だった。

軽く、やや早足にひとり。それに続いて複数が追う格好なのだろう。
だんだんと会話の内容が耳に届いてくる。
「お待ちください、王」
「王よ……。フィンロド様!」
「私たちにできることは全て尽くしました。しかし傷があるわけでも、どこかが悪いわけでもないのです」
「貴方様が出向かれても徒にお心を痛めるのみ――」

気遣わしげな声は先程までベオルに付き添ってくれた侍女たちのものだろう。
主を止めようとしているのだろうが、それが無駄な試みであることをベオルは良く知っている。
あの王が臣下よりも前を歩くとき、
どんな静止の声も彼を止めることはできないのだから。

「強情なところは全くお変りにならなかったな」

そう呟いたとき、寝室の扉が大きく開け放たれた。
首だけをそちらに向けて、なおも起き上がろうとするベオルを
白い腕が動き一つで制止する。


「わざわざお越し頂くとは恐縮です、我が君」
「良いんだよベオル。君が一人では身を起こすこともできないほど
弱っていると聞いて、私が玉座にじっとしているとでも思ったのかい?」
「貴方様は普段だってじっとしておられないでしょうに」
「あ、言ったな!」

紫水晶の瞳が悪戯っぽく細められる。
しかしその瞳の奥に確かな戸惑いと真剣さが混じるのをベオルは見逃さなかった。


「ねぇ、ベオル。みんながおかしなことを言うんだ。
君はこんなにも伏せっているというのに、
どこも悪くないし、私たちには何もできないと。
真面目な君のことだから何か隠しているんじゃあるまいね?
痛かったり、苦しかったりしたら正直に言ってほしい」


ベオルの皺だらけになった手を握りながらそう告げる顔の何と無邪気なことか。
果たしてこの主は理解するだろうか。

どこも痛くはないし、苦しくもないことを。
ただ「時」が来ただけだということを。
これが人の子の運命だということを。

そう告げたら彼は何と言うだろうか。


「我が君、正直なところ私はとても幸せなのです」
「しあわせ?どういうこと?」
「あの森で貴方様に出逢えたこと。
人間の身でありながらお側にお仕えできたこと。
こうして過ごしてきた年月がすべて、私には満ち足りて感じられるのです」


短い一生と分かってなお、全力で仕えた。
悠長で、自由奔放で、扱いにくい主君ではあったけれど。
そんなことはどうでも良かったのだ。


「そして最期に、御顔を拝見しながら逝くことができる。
こんな幸せが他にありましょうか?」
「やめてよ、“最期”だなんて……。いづれまたマンドスの館で……」
「いいえ、我が君」


それは、悲しくて残酷な事実。


「人は、死ぬのです。全てをご説明するにはあまりに時間が残されていませんが」


それでも、告げなくては。




「もう二度と、お会いすることは叶わないのです」




聡い主君なのだ。
突如として何かを読み取った瞳が、一瞬大きく見開かれ
涙が一筋、白い頬を伝っていく。

「貴方様らしくない。私の言葉など、いつも聞き流しておいでだったのに」
「聞くよ!聞くとも」
「わがき……」
「何でも言ってくれ。私にできることなら何でも。
他に告げることは無いかい?」

取り乱して、惜しげもなく涙を流して。
かつて一度だけ見たその表情に懐かしさを覚えながらも
やはり「違う」と思う。

「……――っていただけませんか?」
「え?」
「笑っていただけませんか?」


今のこの人には酷な願いではあるけれど。


「ああ」


これだ、と思う。


「もちろん」


なぜなら、最初に見たのもまた炎に映える微笑だったのだから。



「さようなら、ベオル。最も忠実で誠実な人の子よ――……」
「ありがとうございます、我が君。―――フィンロド様」



貴方は私の全てでした。



……――実に四十四年をフィンロド王に仕えたベオルは
ついに九十三歳でその生涯を閉じる。
かれが傷のためでも、嘆きのためでもなく
ただ老衰によって死の床に横たわったとき、
その人間の不思議な宿命は
エルフたちに深い悲しみを与えたと伝えられている――……

(『シルマリルの物語』より)


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初代人間×エルフはこの二人だと信じてる。
(09.07.23)


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